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昭和の紅白と現代音楽を比較し回想法で高齢者の脳を活性化する|京都祇園の記憶から考える日本の心

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昭和の文化を後世に引き継ごう之イメージ画像 AI時代の社会と未来を考える
昭和の祇園新橋、座ってくつろげる場所でもありました、のどかさを感じて頂けたらと!のイメージ画像

人は年齢を重ねるにつれ、「新しいこと」を覚える力は緩やかに低下していきます。しかし一方で、若い頃に体験した記憶や感情は、驚くほど鮮明に残り続けることが知られています。この性質を活かした心理療法が「回想法(かいそうほう)」です。

本記事では、「昭和の紅白歌合戦」と「現代の音楽」を対比しながら、高齢者の脳を活性化させる回想法の効果について掘り下げます。そして、京都祇園・辰巳神社周辺で生まれ育った一人の視点から、街並み、人の心、メディア、そして日本という国の変化を静かに見つめ直します。


回想法とは何か──高齢者の脳を優しく刺激する方法

回想法とは、過去の思い出や体験を語ったり思い出したりすることで、脳の活性化や精神的安定を促す心理的アプローチです。特に高齢者介護や認知症予防の分野で注目されてきました。

人間の脳は、不安や緊張にさらされ続けると萎縮しやすくなります。反対に、安心感を伴う記憶感情を動かした体験を思い出すと、脳内ではドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が分泌され、心身が穏やかな状態へと導かれます。

昭和の音楽、映画、街並み、家族の風景──これらは多くの高齢者にとって、単なる「昔話」ではなく、生きてきた証そのものなのです。


昭和の紅白歌合戦──家族の記憶と感情を結びつけた国民行事

昭和の時代、「紅白歌合戦」は単なる音楽番組ではありませんでした。それは一年の締めくくりであり、家族が同じ時間と感情を共有する場でした。

白黒テレビから始まり、やがてカラーへ。画面に映る歌手たちの姿を、こたつに入りながら家族で見つめる光景は、多くの家庭に共通する原風景だったはずです。

美空ひばり、石原裕次郎、坂本九、三波春夫──彼らの歌声は、単に「上手い」「流行っている」という評価を超え、人生の節目や感情と強く結びついていました。

恋、別れ、希望、挫折、再出発。昭和の歌謡曲は、人生の物語をそのまま音に乗せて届けていたのです。


現代の音楽──技術は進化したが、記憶に残りにくい理由

一方、現代の音楽はどうでしょうか。デジタル技術の進化により、音は格段に美しくなり、誰もが簡単に音楽を発信できる時代になりました。

しかしその反面、音楽が生活の背景音になり、感情と深く結びつきにくくなった側面も否定できません。

サブスクリプションサービスで次々と流れる曲、SNSで消費されては忘れられる音楽。便利である一方、「思い出として定着する前に過ぎ去っていく」のが現代音楽の特徴とも言えます。

回想法の観点から見ると、これは脳への刺激が浅くなりがちな環境とも言えるでしょう。


京都祇園・辰巳神社周辺で育った記憶

私は京都祇園、辰巳神社の周辺で生まれ育ちました。幼い頃の記憶には、京町家が軒を連ね、木の格子越しに人の暮らしが感じられる街並みが今も鮮明に残っています。

三味線の音がどこからともなく聞こえ、着物姿の大人たちが自然に街に溶け込んでいました。そこには「観光地」という意識はなく、生活としての祇園が確かに存在していました。

正月になれば、家々の軒先には日本の国旗が掲げられ、静かながらも凛とした空気が街を包んでいました。それは強制でも見せかけでもなく、自然な誇りだったように思います。


変わりゆく街、変わりゆく人の心

現在の祇園は、飲食店ビルが増え、観光客で溢れています。風情が完全に失われたとは思いません。しかし、かつて感じていた「暮らしの温度」は確実に薄れてしまいました。

正直に言えば、今はあまりその付近へ行きたいとは思いません。あまりにも観光客が多く、心が落ち着かないからです。

街が変われば、人の心も変わります。利便性と引き換えに、他者への想像力や余白が少しずつ失われてきたように感じるのです。


昭和の映画・ラジオ・テレビが持っていた力

昭和のメディアには、恋愛や人間関係を丁寧に描く作品が多くありました。映画もドラマも、人の弱さや優しさを否定せずに描く力を持っていました。

ラジオから流れる語りや音楽に耳を傾け、想像力を膨らませる時間は、心を育てる時間でもあったのです。

それらは回想法において非常に重要な要素です。なぜなら、感情を伴った記憶ほど、脳を深く刺激するからです。


現代報道が心を暗くする理由

現在のメディアは、事件や事故、不安を煽るニュースで溢れています。オレオレ詐欺、強盗事件、火災による被害──これらが連日報道されることで、心は知らず知らずのうちに疲弊していきます。

必要な情報であることは確かですが、希望や再生の物語が極端に少ないのも事実です。


それでも明るい出来事を発信したい理由

私はブログを通じて、日本にとって明るい出来事、人の温かさ、未来への希望を発信していきたいと考えています。

不安な出来事が圧倒的に多いからこそ、小さな光を見つけ、言葉にすることに意味があると思うのです。


回想法がもたらす穏やかな生活へのヒント

穏やかに生活できる人間関係や環境を望むとき、昭和という時代は多くの示唆を与えてくれます。それは決して「昔に戻る」ことではなく、人として大切にしてきた感情を思い出すことです。

昭和の紅白を思い出し、祇園の街並みを思い浮かべ、家族や仲間との時間を語る──それだけで、脳は確かに活性化し、心は少し軽くなります。


良い国であり続けてほしいという願い

正月の祇園に掲げられていた国旗の記憶は、私にとって「押し付けられた思想」ではありません。それは、この国で生きてきた人々の静かな誇りでした。

日本がこれからも良い国であり続けるためには、経済や技術だけでなく、人の心を大切にする文化を守り育てることが必要だと思います。

回想法は、そのための小さくも確かな手がかりです。過去を懐かしみ、今を見つめ、未来を静かに願う。その積み重ねが、人と社会を穏やかに支えていくのではないでしょうか。

昭和の紅白を思い出しながら、今日という一日を丁寧に生きる。そんな時間が、これからの日本に少しでも増えていくことを願ってやみません。

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