
2026年、中国経済は「鈍化」ではなく構造不況の局面へ
2026年の中国経済をめぐる展望について、多くのエコノミストは「成長鈍化」という穏健な表現を用いている。しかし実態は、単なる減速ではなく、長期にわたる構造不況への移行と捉える方が現実に近い。
宮崎正弘氏が指摘する通り、中国経済はいま「底打ち」か「底なし沼」かの分岐点に立たされている。問題は一過性の景気循環ではなく、制度疲労と政策矛盾が同時進行している点にある。
全人代で示されるのは改革か、先送りか
2026年3月に開催される全国人民代表大会(全人代)では、前年12月の中国経済工作会議で示された基本方針の具体化が注目される。しかし、過去数年の経緯を見る限り、抜本改革が示される可能性は低い。
むしろ予想されるのは、漸進的な景気刺激策の小出しと、問題の先送りである。これでは構造的な問題の解決には至らず、市場の失望感を深めるだけだろう。
最大の病巣は消費低迷と不動産不況
中国経済最大の課題は、明らかに「消費」と「投資」の同時低迷である。とりわけ不動産市場の崩壊は、個人資産・地方財政・金融機関を直撃している。
かつて中国では、不動産価格の上昇が事実上の「第二の給与」として機能していた。しかし現在、その神話は完全に崩れ去った。住宅価格の下落により、家計の可処分所得は実質的に目減りしている。
慢性化する供給過剰とダンピング輸出
自動車、鉄鋼、太陽光パネル、消費財など、中国の主要産業は深刻な供給過剰に陥っている。HSBCの分析によれば、中国の輸出価格は2022年以降20%以上下落しており、赤字覚悟のダンピング輸出が常態化している。
TEMUやSHEINといった越境ECが成立している背景には、国内で売れない製品を海外市場に投げ売りせざるを得ない現実がある。これは競争力の証明ではなく、国内需要崩壊の裏返しである。
労働者を豊かにできない中国モデルの限界
カーネギー国際平和財団のマイケル・ペティス氏らは、中国経済再生には「労働者がより多くの国富を享受できる構造改革」が不可欠だと指摘する。
しかし、中国共産党の統治思想において、労働者はあくまで統制対象であり、富の分配主体ではない。一定以上の富を個人が持てば、増税や規制によって吸い上げられる構造は変わっていない。
AI・EV成長神話の実像
AIや電気自動車といった分野では、政府主導の投資によって一部の企業が成長している。しかし、それが国民全体の豊かさにつながっているかといえば答えは否である。
株価上昇は限定的な投資家層に恩恵を与えるのみで、中小企業や一般家庭の生活実感はむしろ悪化している。「質の高い成長」というスローガンは、現場では空虚に響いている。
公式統計と生活実感の乖離
中国政府が発表する経済成長率と、国民が体感する経済状況との乖離は年々拡大している。とくに家計所得の伸びは、パンデミック前を明確に下回っている。
不動産収入の消失、雇用不安、社会保障の不透明さが重なり、消費マインドは冷え切ったままだ。この状態で内需主導型経済への転換は極めて困難である。
日本が受ける影響と「脱中国」の必然性
2026年以降、中国経済の長期低迷は日本企業にも深刻な影響を及ぼす。とくに中国市場依存度の高い企業ほど、売上減少・債権回収リスク・サプライチェーン寸断の危険性が高まる。
一方で、中国依存からの脱却を進める企業にとっては、これは構造転換の好機でもある。ASEAN、インド、国内回帰など、多極化した供給網の構築が生存条件となる。
遅れた企業が被る「静かな損失」
最も危険なのは、中国経済の現実を直視せず、「いずれ回復するだろう」と判断を先送りすることだ。撤退の遅れは、目に見えない形で損失を拡大させる。
2026年は、日本企業にとって「脱中国を決断できるかどうか」の分水嶺となる可能性が高い。
結論|2026年、中国経済は回復より適応の時代へ
2026年の中国経済に明確な希望を見出すことは難しい。問題は「回復するか否か」ではなく、どのような低成長状態が常態化するかである。
日本にとって重要なのは、中国の変化を正確に読み取り、幻想を捨て、現実的な戦略を取ることだ。中国経済の停滞は、日本経済にとっても試練であると同時に、再構築の契機でもある。